03-6206-3382

受付時間 平日 9:00 - 17:00

お気軽にお問い合わせください!

インタビュー

2019.06.19

インタビュー vol.12② 元BCリーグプロ野球選手 佐藤 健太 さん

アスリートjob インタビュー vol.12
元BCリーグプロ野球選手
佐藤 健太 さんSATOH KENTA

野球を一度離れ、そして、
野球とビジネスのプロになるまでの道

アスリートJob’s EYE!

元BCリーグのプロ野球選手であり、現在株式会社ケンツーにて、自ら志願し立ち上げたスポーツ事業部で活躍されている佐藤さんのアスリートJobインタビュー。
インタビュー後、何より一番感じたのは、とにかく明るい方であること、ポジティブ思考(自己認知したうえで)であること。そして、スポーツで培ったチカラを本当に上手くビジネスに活かしている典型例のような方だということ。
よくスポーツで培った力の一つとして挙げられるのが「コミュニケーション力」だが、この「コミュニケーション力」とは、一方的に話すことや話し上手とはまったく異なるもので、相手の立場を理解し、感動させ、その人を動かす力のことを指す。佐藤さんは見事にそれを持っていて、活用している。
佐藤さん自身は、ビジネスパーソンとしてのキャリアはまだ短いが、既に次のようなことを成し遂げている。
・結果を出してから「WANT」をやる(主張する)。
・大企業・ブランド企業志向ではなく、「満足志向」で会社や仕事を選ぶ。
・できないことはできないと認め、できるために回りを巻き込む。
・人を巻き込むことや感動させることが上手で、リアルマーケティングを実践している。
これらは、ビジネスパーソンやリーダーとして、そして経営者としてもとても大きなヒントであり、アスリートに限らず、キャリア形成としても極めて大きなヒントであろう。なぜなら、ほとんどのビジネスパーソンがこの反対だからである。佐藤さんはスポーツのプロであったと同時に、今はビジネスのプロ、一流のビジネスパーソンとして活躍している。それはなぜできたのか?多くのヒントがあるので、是非参考にしてください。

■‘強い思い’が縁を作る、縁が機会を作る、その機会に果敢にチャレンジする
 ~ケンツーさんとの素晴らしい出会い~
BCリーグの時代、「キャリアセミナー」があり、ケンツーの社長が講師として来られていたのです。その時、私は一番前の席で聴いていて、「すみません、いいですか?」と何度も質問していたのです。社長の話を聞く中で、この会社であれば、営業とマネジメントに挑戦できるのではないかと感じました。そして、社長からも手紙をもらい、「来いよ」と言っていただき、お世話になることになったのです。
このような自分の行動は、自分でやっていこうというよりは、むしろ周りから助けてもらうために動いていたということでしょうか。小さいころから、全部自分でできるということはなかったです。あるとしたら、自分でできることとできないことの線引きであり、できないことは他の誰かに頼むしかないと思い、実際に周りの方の力をお借りしてきました。
全部やりたいけどできない、半分あきらめていたというか。なので、母がいないと一人で生活できないから、泊まり歩いて助けてもらうわけです。3日間泊めてもらうのはなかなか難しいことで、それをしてもらうための行動をしていた。それを幼い時から習慣として行っていたということです。
そして、会社に「スポーツと芸能のマッチングをやるために営業をしたい」と伝えたところ、社長から「お前の段取りはわかったけど、この営業を3年はやらないと」と言われたので、「3年はやります」と言いました。そして、「3年間営業成績で1位になったら、自分が作り上げた事業をやっていいと約束してください」と、入社して最初に言いました。ケンツーの社員の皆さんは「BCリーグ上がりの奴がなんだ、なめてんのか」と思ったと思います。ケンツーは、通信系の人材サービスが事業なんですが、私は機械に疎かったので、「あいつは無理、勢いだけの若造だ」と最初は思ったでしょう。でも自分自身の中では「3年で夢が実現できるんだ、近いなあ」と思ってました。
その時、私は26歳です。ケンツーにBCリーグから入社したのは、私が初めてでした。最初は「野球選手だったんだって」とよそ者扱いだった気がします。もちろん、皆いい人でしたけどね。2月の終わり頃入社して6月頃、私はパソコンの電源ボタンがわからないレベルなので、よく営業中に会社に電話してはどうすればいいか聞いていました。電話すると先輩たちから「通信系の仕事をしているお前がお客さんのところから、パソコンの電源ボタンのことで会社に電話してくるな」とかよく言われました。散々ですよ。
こいつバカだなっていう感じですよね。でも入社して4カ月間ぐらいは猛勉強して、営業でも一番数字が伸びた時期でした。

1年で営業成績がトップになった時も、みんなまぐれだとか思ったと思いますよ。まだ全然知識ないのにどうやって契約獲ったんだろうと。何か変なことしてるんじゃないか、あるいは、たまたまかとか。2年目になったときは、チームのリーダーになっていたので、3、4人を見ながら営業をやるという形でした。ケンツーは実績をしっかり評価してくれるので、評価はズバ抜けられるという自信はありました。2年目も間違いなく1位を取れるという確信がありました。恐怖心のようなものはなかったですね。3年経てば自分の好きなことができる。その気持ちの方が強かったです。
3年目も営業としてまわっていましたが、管理職になっていましたので、通常は営業に出ませんよね。でも、売り上げも必要だし、約束もあるし、営業もしていました。チームも個人もMVPも取りたい。営業とマネジメントの両方をやるのが目標だったので、3年目の2017年は僕にとってかなりしんどい1年でした。営業でまわっているのに、「管理職だから仕方ないよね、半分くらいしか稼働できてないし」と言われるのが嫌でした。毎月ランキングが発表されるので、管理職であっても営業で1位じゃないと知らない人には落ちたなと思われるのが嫌だったのです。それに入社時に、3年間連続第1位を獲ると宣言した手前もあったので、なんとしても死守したかったので一番しんどかったです。営業で1位取り続け、チームとして人の管理をするので、いっぱいいっぱいでした。でもやるしかなかったです。2年間1位取っていましたし、あと一歩でしたので。今年1位取ったら、来年からは好きなことができるのであれば、しんどくてもあと1年だと思った。
日中は営業に出掛けて、夕方帰ってくる。帰ってきたら部下のロールプレイングをやります。そのあと、数字の集計をする。夜10時ころから日報、会議資料などを作成して、11時くらいまではよく仕事していました。それから家に帰り、翌朝は誰よりも早く出社していました。3年間は誰よりも一番早く出社していました。現場の皆は私が一番に出社するのは日常になっていたと思います。
8時前ぐらいには出社して、9時15分からは朝礼をしていた。1時間15分ほどは自分の仕事の準備時間になるので、みんなが出社して来た時は、もう管理職の顔になっていた。
目標は設定が大事です。ここに向かって行くんだというのがないと。9秒で走ろうと思って出た9秒台に意味がある。やみくもに走って出た9秒はその後に繋がりません。
3年間1位を取りましたが、コミットした時の社長が目前に体調不良で退職されたので、「大丈夫だろうか」という不安が頭をよぎりました。しかし、今の社長がその話を引き継いで下さっていたのです。「僕は3年間1位とりました。チームも1位になりましたので、新しいことやらせてください」と言いました。

■コミットしたことをやってから(結果を出してから)、自分のWANTをする。
 ~普通のビジネスパーソンがなかなかできないことを、新人時代からできた逸材~
ケンツーはもともと通信系の会社なので、それまでスポーツや他の事業をやっていなかったので、「スポーツに限らず新しいビジネスを見つけてくる部署をやらせてください」ということで、営業推進室という場所を作って頂きました。
それが2018年です。そこで、始めたのが「スポーツと広告」です。
そもそもケンツーでキャリアをスタートする前は、まずは野球を抜きにして、自分が何をやったら楽しいのかを考える時間が必要でした。会社の選び方から言うと、大企業に行くと年功序列とかでやりたいことに携わるまでに時間がかかりそう。新規事業なんていっても社内の稟議を通すだけでも大変でしょう。毎回プレゼンさせて頂ける訳ではないので。
営業やって10年後になったら自分はいくつだろう。そんなことを考えると、むしろ若い会社でどんどんスキルアップしていったほうが良いと思ったのです。大手に行くという考えは全くなかったですし、安定した公務員とか、大手企業とか、ネームバリューのある会社に行くという考えは全くなかったです。
このような考え方は母の影響なのかどうかはわかりませんが、やりたいことのためというか、私の中ではスポーツと芸能のマッチングというのが野球以上にワクワクすることだったので、会社選びは通過点と考えれば、必然だったかもしれません。自分の人生において、プロ野球選手でいるより、スポーツと芸能の融合を考えている今の方がずっと楽しかったんです。今からイチローになれないし、プロ野球の1軍で1億円稼いで、40代で解説者になってというキャリアより、自分でやりたいことやる、スポーツと芸能のマッチングを行って、自分が社長になると想像した方が、ずっと楽しそうと思えたのです。好きな野球も、仕事をしながら地元で草野球をする、何に向かって野球をするのか、そこが私には想像できなかったです。草野球するために早起きする、目標のないとそういう気持ちが作れないんですよ。

新規事業もゼロからのスタートで、新事業といっても部署が立ち上げないと動けませんでした。それが去年ですから、正直言って仕事はなかったです。ただ、決まった業務はないが、部署はある状態です。私はようやくやりたいことができるんだと、まず自分がいたBCリーグの試合を観に行きました。そこで、野球をやりたいという感覚には全くならなかったです。同時に、BCリーグ時代に培った人脈を活用できないかと考えました。そして、「今取り組んでいるスポーツ事業の形を作るために、力をお借りしたい」とお願いして歩きました。「1年かけて作っていきますので、よろしくお願いします」と。なので2018年はスポーツとしての売り上げはありません。会社としても半信半疑だと思います。その間も広告や通信などで売上は立てていましたが。「スポーツは来年から売上がたつのか」「あいつ何をやろうとしているのか」とか思っていたと思います。でも、必ずできると思っていますし、そのための準備期間と捉えていました。BCリーグのトライアウト受けたときも、多分できると思っていました。同じ感覚かもしれません。ケンツーに入社した時もそう。これから3年間やれば多分できると思っています。

■自分で掴み取った新たなビジネスチャレンジの道
 ~リアルなマーケティングの発想のヒント~
新事業のヒントとしては、BCリーグの観客動員でした。BCリーグは1試合の動員数が平均628人(2018年)。プロ野球NPBは平均29,779人(2018年)。BCリーグはもっと入ってもいいんです。でも全然観客が入っていないんです。プロ野球とそれほどまでの実力差があるかというと、プロ野球の2軍と試合をしても勝ったりします。何が違うかというと、プロ野球が好きな人は、12球団が野球なんです。BCリーグを知らないし、知っていても観に行く理由がないのです。それなら、実力差はないんです、野球を観に来てくださいという必要がないんじゃないかと。むしろ野球以外で行きたくなる理由を、何個も何個も作ろうと思いました。ちょっとボールパークの考え方に近いですかね。
この考えは、おそらく野球だけでなく、全てのスポーツに通用すると思います。たまたまモデルとなるBCリーグが目の前にあったので、そこから始めようと思ったのです。今年BCリーグで4試合の運営を行う事が決まり、芸能事務所に企画書を持っていきました。吉本興行とか、ホリプロとか、まったくの新規営業ですが、一から話をしました。その結果、ココリコの遠藤章造さんをゲストに招いて、試合の合間にお馴染みの「ケツバット」のシーンを入れたりして「遠藤アウト」とか。それを観に来てもらうだけでもいいなあと思ったのです。野球を観る人とイニングの間だけいる人、それも良いなあと思いました。その中から「ココリコ遠藤さんを見に来たけど、BCリーグも面白いな」という人が一人でもいたら、それだけでプラスですし、逆に「ココリコ遠藤さんがよかった」と思ってもらってもいいわけです。そうした取り組みを今年行っています。
ネタは果てしなくあります。1回目は遠藤さんで先ほどの企画、2回目のネタはファールボール。野球の試合では、スタンドにファールボールが飛ぶと「ファールボールにはご注意ください」というアナウンスがあります。それをものまね芸人のホリさんにアナウンスしてもらい、例えば中尾彬さんのものまねで「中尾彬です。ファールボールと夜の繁華街には十分ご注意ください」とか言ってもらうんです。すると、球場全体が野球の試合なのに、ファールボールを待つようになるんです。それは反響が大きかったです。ホリさんもこんな仕事はじめて、佐藤さん面
白いこと考えますねと喜んでもらえたので嬉しかったです。ただ私も今はまだ一人で動いているので、全然やりきれてないです。一つ一つやっていこうと思っています。今年に関しては、まだ種まきの状態ですね。
また、BCリーグのターゲットは、子育てを終えた40、50代の女性です。でも私がやっていくのは、BCリーグのターゲットとイコールではないのです。スポーツ事業は、自分が立ち上げた事業なので、私がやっている事業を通じてその団体のターゲット層が増えたらもちろんいいですが、全く違う層の方に足を運んでもらうのも私の仕事です。そのために毎回趣向を変えて、どの層がBCリーグにつきやすいのだろうとかも考えています。
以前からBCリーグでも地域の子どもたちのために野球教室などを開催しています。でも、それだけで今後の更なる発展は難しいと思います。それだけでできるんだって人もいるのかもしれませんが、自分はそこに特化すべきじゃない。自分じゃなくてもそのビジネスができる人がいると思いますので。私は、母の関係でたまたまピエロというところで大道芸人や芸能と繋がっていたという武器があると思いますので。まさにスポーツと芸能の融合で、こういう企画がやりたかったことなんです。ケンツーの当時の社長には本当に感謝しています。こういうことをやら
せてくれる会社は他にないと思いますし。今は現在の社長をはじめ、幹部の方々も率先して試合の手伝いにきてくれたりしています。本当に感謝しています。
■今後のBCリーグの展望と思い
BCリーグは、エリアは基本的には限定していません。今はどんどん広がり、11球団です。地域貢献、選手育成、指導者育成、引退後のセカンドキャリア、いろんな意味でBCリーグの意義が出てきていると思います。私自身BCリーグのOBなので、リーグの発展には貢献したいと思っています。今までOB選手がリーグの為にという部分はあまり出てきていません。BCリーグの球団社長の皆様も、「OB選手が新しいこと始めた」という部分で寛大な心を持って接して頂いているのだと思います。
これは私の理想ですが、いずれ世界から「スポーツをするために日本に行きたい」「スポーツするなら日本へ」と思ってもらえるような日本スポーツ界にしていきたいのです。国内でもスポーツの立ち位置にはいろんな問題があるのが現状です。その中で「スポーツってやっぱり良いな」と思ってもらうために、新たな挑戦をしていく必要があるのです。私はエンターテイメントを使ってスポーツを盛り上げたいです。
■スポーツ選手のキャリア形成について
スポーツを通じて学んだことを生かせる場面はたくさんあると思います。むしろスポーツで学んだことを他で生かさないのはもったいないと思います。それを使ってできることを見つけるまでには時間が必要です。一度考える時間を取り、何かを得るために時には何か捨てる必要があります。それができれば、もっと楽しい未来があると思いますね。
団体スポーツでやってきたことを生かすことで一番大きいのは、コミュニケーション能力。団体スポーツはチームプレーですし、互いの意思疎通があって初めて成り立つスポーツです。それはビジネスシーンでも、お互いの阿吽の呼吸で仕事ができたりすることに役立ちます。また、礼儀という部分もです。大きな声で人の目を見て話すことなどは、どこの企業でも重要視されます。営業に行けば多くの人に好まれますので、成約につながる確率が高くなります。一度大好きなスポーツを「プレーする」という事を捨てる。そうすることで、もしかしたらその経験をもっと生かせる、もっと楽しいことがみつかもと言いたいですね。

違う大好きなものを手にするためには必要なことだと思います。アスリートと仕事の両立、どちらをどこまでやって生きるかは、人それぞれの感覚だと思いますが、その二刀流ができる人は本当にすごいです。私はそれができない。草野球が悪いと言っているわけではないです。いずれにしても、プライベートも仕事も両方充実しているのが、一番の理想だと思います。人それぞれに考えがあってやっているのだと思います。私の場合はプレーする野球は100%楽しみました。その先はなくて、完結したということです。

お気軽にお問い合わせください